書くこと
ブラームスもモーツアルトでさえ!頭の中にあるものを「書いた」
それが残っている。
私たち演奏家はそれを弾く。
そのために左手のフィンガリングがあり、スケール、アルペジオ、和音と練習していく。
バッハのフーガがわからなくなった時、よく私は手で書いてみた。
どれだけ覚えていないかハッとする。
まさかブラームスのコンチェルトを手書きするとは思っていなかった。
綿谷恵子さんという妹、もも子の先輩に当たる方が突如私の人生に現れた!
ヨーロッパ各地で教えていた。ユトレヒト、アムステルダム、アーヘン、ザルツブルグ、
そして最後スペイン、サンセバスチアンで教えていらした名教師だ。
彼女自身22でヨーロッパにわたりシゲティー先生のところで潮田益子さん、前橋汀子さん
、久保陽子さん、そして宗倫匡さんらと住居も共にして生活していたというからすごい。
みんなの練習の仕方、特にシゲティー先生の「音程」の取り方を教えてくれる。ピッチカ
ートを弾いた(はじいた)開放弦は弾いた時とその後で音程が変わる、少しだけ高くなる
、それにピッチを合わせろ!目から鱗とはこのことだ。
彼女はその後パリに居を移しクリスチアン・フェラスに師事「pose 」指を置いて、と言わ
れ今までの「押さえて」から一気に解放されたという。フランス語が身についている。
その後ザルツブルグでヴェーグに師事、そこで妹との出会いがあった。彼女は日本人のア
シスタント。同時期にいらした素晴らしいヴァイオリニスト中島幸子さんと共にずいぶん
お世話になったのだ。
1年半前の妹の逝去を人伝に聞き昨年秋に連絡してきてくださった。娘さんがブリュッセ
ルに住むという。そんな縁で再会してその後よもやま話に花が咲き、今では以前妹とやっ
ていたような回数のメールだのメッセージにお互い気を良くしている。
と、ここまでは「お友達、先輩」でよかったのだが、ブラームス仕込み中に色々昔の録音
の話にもなり・・ま、一度聞いてよ、みたいに送った録画からことは始まった。
昨年12月に「サントリーの演奏、あなたの演奏は初めて聞きました。聴いてないなと思っ
た」から始まる「音程の甘さ」「シフトの不確かさ」
まさに的を得た批評はぐっと胸に刺さる。
「だから自信ないのよ。曲がり角曲がれないのよ」
「人それぞれの人生だけど少し離れたところから見ていると、あなたはもう少しヴァイオ
リンにENGAGEMENTしたほうが良いと思う。これから10年どうやって弾いていく?もっと
エコノミックに弾かなきゃ」
ごもっともなんです!
なんでもできる、料理も好き、2つの学校で教えて、日本と行ったり来たりして、結婚も
して家庭もあって子育ても一応完了、楽器もいいのあるし!でも内心いつもオドオドして
るいわば八方美人。「外交官じゃダメなんですよ、ソリストは」とよく江藤先生も言われ
た。
それに年を重ねるにつれてのハンディーはよ〜く感じているつもりだった。何と言っても
20代いや30代の筋力とも違う、身体も違う中で同じ練習をしていて良いはずはない。
「エコノミックに弾く」そういえばヴェーグが昔そういうこと言っていたが、私はなぜかそ
れが「全身真剣勝負」ではないような気がしてあまりピンと来なかった。
ごまかしたっていいのよ。
その通り!うまく誤魔化すのは一つの技術だ!
年を取りその「エコノミックに弾く」ことは以前よりもっと大切になってきた。
それはただ単に「力を抜く」事ではない。どこでどのように力を抜くか?例えば左手の指
というのは当たり前だが人差し指、1の指が強く4の指、小指は弱い。実を言うと3の指、
薬指も腱が中指と一緒になっているから独立しにくい。無理にやると腱鞘炎とか言うもの
にもなるそうだ・・・
そこで彼女がいうには「小指に行くほどクレッシェンド」1の指は力抜け!
なるほどシフトの時にそのポジションばかり気にすると1の指ばかりに焦点がいくが実は
他の指、2とか3とが邪魔している。フォーム「型」がそのまま上がらなくてはいけない。
それ動かすのが肘だったり手首の角度だったりするわけだ。1が強すぎるとシフトで音程
があってない時も訂正の仕様が無い。逆にフォーム「型」が入っていれば次の指、例えば
中指(2)やら薬指(3)やらで支えになるので大丈夫・・・などなど。
その彼女の宿題が
「ブラームスのコンチェルトのアルペジオ全部書き出して」
はあ〜〜??
「書き出すのに1時間、毎朝練習するのに15分、」
そんな時間ないよ、と即答しそうになったが、ふと思うと弟子には「書きなさい。暗譜で
きなかったら書き出す」
とかなんとか言ってるくせに、自分に言われると頭にくる。
「この期に及んで何言ってんだい?」
しかし・・・
しかしである。
書いてみるとその書けないこと!!
それに適当にピックアップしてみた箇所の実は数倍ある「アルペジオ!!」
翌日それを練習してみる。音楽とは別の指への仕込み。耳への啓蒙。
果たしてその後弾いてみるコンチェルトのなんと楽なことか!
これぞ「エコノミックに弾く」の断片なのだ。
そしてまた3日後、色々用事があったりレッスンがあったり、その間義母が亡くなり
・・・
私しかできない事、練習に足が遠のく。
それでも15分耳を澄ます。
なんだか活元運動したみたいな爽快感があるからこれはやめられないな。
溜まりに溜まった垢や重さを大掃除、断捨離している気分だ。活元運動で「邪気を吐く」
という動作を最初にやるけれど、大事なことだ。
綿谷恵子さん、ありがとうございます。
練習します。
2023年2月10日ブリュッセルにて